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東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)49号の1 判決 1983年9月14日

原告 荒井まり子

被告 東京拘置所長

代理人 榎本恒男 玉田真一 ほか二名

主文

一  原告の被告東京拘置所長に対する訴えのうち、在監者間における郵送宅下げ、差入れ及び差入物の舎下げを禁止してはならないことの確認を求める訴えを却下する。

二  原告の被告東京拘置所長に対するその余の請求及び被告国に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告の請求の趣旨

1  被告東京拘置所長が昭和五五年一月四日原告に対してした、原告から曹正一あての書籍「南朝鮮の反日論」の郵送宅下不許可処分を取り消す。

2  被告東京拘置所長は、在監者間における郵送宅下げ、差入れ及び差入物の舎下げ(房内所持)を禁止してはならないことを確認する。

3  被告国は、原告に対し、金三五万円及びこれに対する昭和五五年五月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行の宣言

二  被告東京拘置所長の答弁

1  本案前の答弁

(一) 原告の訴えをいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告国の答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする

第二原告の請求原因

一  原告は、刑事被告人であり、現在東京拘置所に勾留されている。

二  原告は、昭和五五年一月四日被告東京拘置所長(以下「被告所長」という。)に対し、府中刑務所に在監中の曹正一(以下「曹」という。)あてに書籍「南朝鮮の反日論」を公判資料として郵送宅下げする旨の申請をしたところ、同被告は、同日これを不許可とする旨の処分をした。

三  原告は、昭和五四年一〇月二九日被告所長に対し、東京拘置所に在監中の大場捷運(以下「大場」という。)あてに書籍「性差別への告発」、パンフレツト「監獄法改悪阻止実行委員会ニユース三号」、「六・九斗争通信」、「獄中日記」、「関西救援センターニユース九九号」を公判資料として宅下げする旨の申請をしたところ、同被告は、同日これを不許可とした。

四  原告は、同年一一月一〇日被告所長に対し、東京拘置所に在監中の田島雅規(以下「田島」という。)あてに新聞の切抜綴を公判資料として宅下げする旨の申請をしたところ、同被告は、同日これを不許可とする旨の処分をした。

五  原告は、昭和五五年二月一三日被告所長に対し、札幌拘置支所に在監中の大森勝久(以下「大森」という。)から原告あてに郵送差し入れされていた漫画本「真知子<1>」、「真知子<2>」、「真知子<3>」を舎下げする旨の申請をしたところ、同被告は、同日これを不許可とする旨の処分をした。

六  原告は、同年四月一九日曹から曹の名刺一枚の郵送差入れを受けたところ、同被告は、同日これを原告に一見させて領置し、房内所持をさせなかつた。

七  しかしながら、被告所長の二ないし六の各処分(以下請求原因の中で「本件各処分」という。)は、次の理由により違法である。

1  未決勾留中の在監者に対する自由の制限は、刑訴法所定の勾留目的(罪証隠滅及び逃亡の防止)のため真にやむを得ない場合及び監獄の安全・秩序に対する明白かつ現在の危険が存する場合のほかは許されず、在監者間の物の授受も、右の場合に該当しない限りは自由に許されなければならない。本件各処分は、右の自由制限が許される場合には該当せず、憲法九八条二項の確立された国際法規である国連被拘禁者処遇最低基準規則九二条並びに憲法一一条、一三条、一九条及び二一条に違反し、違法である。

2  監獄法は、憲法に違反し無効であるから、これを根拠としてなされた本件各処分は違法である。

すなわち、監獄法は、旧憲法下で制定された法律で、在監者の基本的権利・自由を一切奪つた上でこれを恩恵的・部分的に解除するという構成をとつており、憲法の基本的人権擁護の理念に反し、条文の文言が不明確で多くの行政命令にゆだね、監獄の長に対し広範かつ絶対的な自由裁量権を付与しており、憲法の法治主義・行政法律主義の理念に反し、刑事被告人の裁判上の防禦権行使の確保を予定しておらず、憲法が採用する刑事裁判の当事者主義と真つ向から対立しており、違憲無効であるといわなければならない。したがつて、かかる監獄法の規定を根拠としてなされた本件各処分は違法である。

3  仮に、被告所長が監獄法五二条の規定により領置物の宅下げを制限し得るとしても、在監者が領置物を「正当ノ用途ニ充テン」としてその宅下げを求めたときは、これを許さなければならない。

原告が曹あてに郵送宅下げを申請した書籍「南朝鮮の反日論」は、かつて日本帝国の侵略を受けた南朝鮮人民の体験等を論文や声明の形で集録したものであつて、原告の公判資料であることはもとより、南朝鮮を祖国とする曹自身にとつても重要な刑事裁判の公判資料となると同時に、大切な学習資料であり、原告は、申請に際して右の趣旨を明確に疎明した。

原告が大場あてに宅下げを申請した前記書籍は犯罪の社会的背景の究明に必要であり、また、パンフレツトは現支配体制の状況を認識するために必要であるから、いずれも公判資料となるものであり、原告は、その旨疎明した。

また、原告が田島あてに宅下げの申請をした新聞の切抜綴は、原告の刑事裁判の論告求刑批判の投稿文が掲載された日本読書新聞の切抜綴であるから、公判資料となるものである。

したがつて、以上の書籍等の宅下げを不許可とした被告所長の処分は、監獄法五二条の適用を誤つたもので、違法である。

4  被告所長は、本件各処分の前後を通じて、在監者が同一施設に収容されているか否かを問わず、在監者間の文書の授受、すなわち、書籍、雑誌、パンフレツト、新聞の切抜綴、名刺等の宅下げ、差入れ、差入物の舎下げを広く許可している。しかるに、被告所長は、従前からの一貫した運用を全く無視し、原告の獄中における権利闘争に対する悪意、憎悪と、原告を他の在監者から分断するという不正な動機、意図から、処分を行つたものであり、本件各処分は恣意的かつ不公平な処分として違法である。

八  被告国の公務員である被告所長は、故意に違法な本件各処分をしたものであり、原告は、右違法な公権力の行使によつて多大の精神的苦痛を被つた。右苦痛を慰謝するためには金一七五万円をもつて相当とする。

九  よつて、原告は、被告所長に対し、同被告が昭和五五年一月四日原告に対してした、原告から曹あての書籍「南朝鮮の反日論」の郵送宅下不許可処分の取消し並びに同被告が在監者間における郵送宅下げ、差入れ及び差入物の舎下げを禁止してはならないことの確認を求めるとともに、被告国に対し、本件各処分によつて原告の被つた損害のうち金三五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五五年五月一〇日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第二被告所長の本案前の主張

請求の趣旨1の郵送宅下げの申請について、被告所長は未だ、許否の決定を保留している。また、請求の趣旨2の訴えは、被告所長に対し一般的抽象的な行政処分の差止めを求めるものである。したがつて、右の各訴えは、いずれも具体的事件性を欠くものとして不適法であるというべきである。

第三請求原因に対する被告らの認否

一  請求原因一は認める。

二  同二ないし五のうち、被告所長が不許可処分をしたことは否認し、その余は認める。

三  同六は認める。

四  同七ないし九は争う。

第四被告らの主張

一  原告は、昭和五〇年六月二八日爆発物取締罰則違反幇助罪で東京地方裁判所に起訴され、昭和五四年一一月一二日同裁判所で懲役八年の有罪判決を受け、現在控訴中の刑事被告人であつて、昭和五〇年七月一六日以来東京拘置所に収容されている。

二  本件の取扱いの経緯

1  原告は、昭和五五年一月四日書籍「南朝鮮の反日論」を曹あてに郵送宅下げしたいとして、「南朝鮮の反日論、曹正一氏へ公判資料につき郵送宅下げる。」と記載した「郵送宅下要求」と題する願せん等を提出した。ところで、被告所長は、後述のとおり、在監者間の物の授受は、訴訟上又は学習上の理由等その必要性が認められるものを除き原則として許可しておらず、在監者からその必要性について具体的に疎明がされた場合に限りこれを許可する取扱いをしていたところ、原告から提出された願せん等の記載内容からは必要性についての具体的な理由が不明であつたので、同日女区長を通じて原告に対し、だれのための公判資料か、いかなる理由で公判資料となるのかを具体的に書面で疎明すること、その上で許否を決定する旨告知、指導した。これに対し、原告は、同日「曹正一氏への『南朝鮮の反日論』の郵送妨害に抗議する。右書籍は反日斗争の正義性を示す公判資料である。直ちに妨害をやめよ。」と記載した「抗議要求書」を提出したが、その内容は単なる抗議文にすぎず具体的理由の疎明がなかつたので、被告所長は、翌五日女区長を通じて原告に対し疎明書を提出するよう重ねて告知、指導し、申請について許否の決定を保留したものである。

2  原告は、昭和五四年一〇月二九日請求原因三の書籍及びパンフレツトを大場あてに宅下げしたいとして、「公判資料につき大場捷運氏へ郵送宅下げする。」と記載した「郵送宅下要求」と題する願せん等を提出したので、被告所長は、同月三〇日前記1と同様の理由から女区長を通じて原告に対し、だれのための公判資料か、いかなる理由で公判資料となるのかを具体的に書面で疎明すること、その上で許否を決定する旨告知、指導した。これに対し、原告は、同日「性差別への告発は、犯罪の社会的背景を究明する公判闘争として必要である。また、その他のパンフレツト類により監獄等の実態とその弾圧状況を知ることは、暴力装置の一部である裁判所、検察庁との闘いにおいて重要な公判資料である。」と記載した「郵送宅下要求書」等を提出したが、その内容は、自己の考え方をばく然と申し立てたものにすぎず具体性に欠けていた。そこで、被告所長は、女区長を通じて原告に対し、具体的な理由を記載した疎明書を提出するよう重ねて告知、指導し、右申請について許否の決定を保留したものである。

3  原告は、同年一一月一〇日新聞の切抜綴を田島あてに宅下げしたいとして、「公判資料につき田島雅規氏へ郵送宅下げする。」と記載した「郵送宅下要求」と題する願せん等を提出したので、被告所長は、同日前記1と同様の理由から女区長を通じて原告に対し、いかなる理由で公判資料となるのか、原告の公判と田島の公判にどういう関連性があるのかを具体的に書面で疎明するよう告知、指導した。これに対し、原告は、原告の公判と田島の公判がどういう関連性があろうと東京拘置所には関係ないなどと申し立てて宅下げの必要性を疎明しなかつたので、被告所長は、右申請について許否の決定を保留したものである。

4  札幌拘置支所に在監中の大森から昭和五五年一月一九日原告あてに請求原因五の漫画本三冊が郵送差し入れされてきた。ところで、被告所長は、在監者間の物の授受は原則として許可しておらず、他の在監者から在監者に対して日用品、漫画本等特に授受する必要性の認められない物が郵送差し入れされてきた場合には、当該物を返戻又は領置し、領置した場合は在監者から当該領置物の所持・使用の必要性について疎明がされたときに限つてこれを許可する取扱いをしていたので、同日右漫画本三冊を領置した上同月二二日原告にその旨告知した。これに対し、原告は、同年二月一三日右漫画本三冊を閲読するため「領置品舎下要求及領収書」と題する願せんを提出したので、被告所長は、女区長を通じて原告に対し、閲読所持すべき必要性を具体的に疎明すること、その上で許否を決定する旨告知、指導したところ、原告が「また弾圧を強化するのか。」などと申し立ててその必要性を疎明しなかつたため、右申請について許否の決定を保留したものである。

5  曹から同年四月一九日原告あてに同人の名刺(印刷名篠原正一)一枚が郵送差し入れされてきたので、被告所長は、同日女区長を通じて原告に対し、前記4と同様の理由から、名刺はとりあえず領置するが、所持したいのであればその必要性を具体的に書面で疎明すること、その上で許否を決定する旨告知、指導した上、名刺を一見させて領置したものである。

三  本件の取扱いの適法性

1  在監者間の物の授受について

(一) 監獄法は、監獄収容の目的、監獄内の秩序維持の目的等から在監者の領置物に対する権利行使を一般に停止・制限している。ただ、監獄法五二条は、「在監者領置物ヲ以テ其父、母、配偶者又ハ子ノ扶助其他正当ノ用途ニ充テンコトヲ請フトキハ情状ニ因リ之ヲ許スコトヲ得」と規定し、監獄法五三条一項は、「在監者ニ差入ヲ為サンコトヲ請フ者アルトキハ命令ノ定ムル所ニ依リ之ヲ許スコトヲ得」と規定し、許可を受けた場合に限つて例外的に自己の領置物を他人に交付すること及び他から物の差入れを受けることを許容している。しかしながら、右の規定は、「宅下げ」、「差入れ」の本来の趣旨からも明らかなとおり、在監者と外部の第三者との間における物の授受について定めたものであり、在監者間の物の授受までも認めたものではない。このことは、接見について定めた監獄法四五条の規定の解釈に照らしても明らかである。

(二) 仮に、監獄法五二条及び五三条の規定が在監者と外部の第三者との間の物の授受だけではなく、在監者間の物の授受をも認めたものと解されるとしても、監獄の長は、その許否について裁量権を有しており、物の授受が拘禁の目的に反し、あるいは監獄の秩序維持等の観点から有害である場合には、その授受を禁止することができるのである。

そこで、被告所長は、在監者間の物の授受が施設の秩序維持上又は管理運営上種々の障害を生じさせていることに鑑み、従来から原則としてこれを禁止することとし、明らかに訴訟上又は学習上の理由等から授受させる必要性のある物又は在監者から授受する必要性についてある程度の疎明がされた物についてはこれを許可する取扱いをしている。そして、本件においては、特に次のような事情を考慮した。

すなわち、第一に、一般に在監者間における物の授受は、同一施設内に収容されているか否かにかかわりなく、在監者間におのずと支配、被支配の関係を生じさせ、監獄内における管理運営及び秩序維持に支障を来すこと。第二に、東京拘置所では、「日帝支配体制を壊滅するため、まず監獄を解体する」などと標ぼうしている「獄中者組合」等の集団に所属する原告ら公安事件関係の在監者が、外部の同組合獄外事務局等と呼応し、対監獄闘争の手段としてハンガーストライキ、点検拒否等の不法な活動を反覆して行つており、更に、原告らは、右闘争の拡大、活発化を図るオルグ活動の一環として、同拘置所の在監者のみならず他施設の一般刑事犯の在監者に対してまでも、手紙又は物を送付してその歓心を買うことにより、原告らの不法な対監獄闘争に引き入れることを画策しており、また、同組合等の集団に所属又は共鳴している在監者間にあつては、互いの手紙又は物品の授受等による連係、連携意識を深め合つており、このような不法な対監獄闘争を活発化させるための手段と化している在監者間の物の授受を制限なく認めることは、施設内の秩序維持及び管理運営に重大な支障を来すこと。

以上の観点から、被告所長は、前述のとおり、原告が曹、大場、田島あてに宅下げを申請した書籍、パンフレツト、新聞の切抜綴についてその必要性の具体的な理由を疎明するよう告知、指導したにもかかわらず、原告が疎明しなかつたので、許否の決定を保留したものであるから、右の各取扱いは適法であり、何ら違法、不当な点は存しない。

2  領置物の所持・使用について

(一) 監獄は、多数の在監者を収容し、これを集団として管理する場所であるから、その秩序を維持し、正常な状態を保持するよう配慮する必要がある。このためには、在監者の身体の自由を拘束するだけではなく、右の目的に照らし、必要な限度において、在監者のその他の自由に対し合理的制限を加えることもやむを得ないところである。この意味において監獄においては、在監者の所持品はすべて領置し、釈放の際に交付する(監獄法五一条、五五条、監獄法施行規則一四八条)ことを原則としている。これは、処遇の平等、保安、規律、衛生等行政上の要請に基づくものであり、在監者に著しい不便を来さない限度で在監者の所持品の使用を制限するものでやむを得ないところである。そして、監獄法五二条により在監者に所持品の使用を認めるか否かは、事柄の性質上原則として監獄の長の自由裁量にゆだねられていると解すべきである。

(二) 被告所長は前述のとおり、大森及び曹から原告あてに送付された漫画本三冊及び名刺一枚を領置したが、右漫画本については原告から交付(舎下げ)の願い出があつたものの、閲読所持しなければならない必要性の疎明がなかつたため、許否の決定を保留したものであり、また、名刺については、原告から交付の願い出とともに所持の必要性につき疎明がなされれば、その所持を許可するものであるから、被告所長の右の各取扱いは適法であり、何ら違法、不当な点は存しない。

第五本案前の主張に対する原告の反論

一  被告所長は、請求の趣旨1の郵送宅下げの申請に対し未だ許否の決定を保留している旨主張するが、仮に、形式上未だ許否の決定が保留されているとしても、実質的には原告に対し不許可処分をしたのと同様の事実上の効果を生じさせ著しい不利益を被らせているのであるから、このような場合には不許可処分があつたものとみるべきである。また、疎明がなければ許可しないということ自体が一個の処分であるというべきである。

二  また、被告所長は、請求の趣旨2の訴えは一般的抽象的に行政処分の差止めを求めるものである旨主張するが、原告ら在監者は、被告所長が定めた在監者間の物の授受を禁止するという原則の適用によつて現に継続的な不利益を被つているのであつて、右原則の違法性が裁判によつて確認され是正されない限り、将来にわたつて引続き右不利益を破ることになるのである。したがつて、原告のかかる不利益を除去するためには、右訴え以外には他に適切な方法がないから、右訴えは適法であるというべきである。

第六被告らの主張に対する認否

一  被告らの主張二1のうち、原告が被告ら主張のとおり願せん等及び「抗議要求書」を提出したことは認めるが、その余は否認する。女区長の回答は、四日は「なぜ公判資料なのか具体的に疎明しろ。」というものであり、翌五日は「抗議しろといつたのではない。疎明しろといつたのだ。」というものであつた。

二  同2のうち、原告が被告ら主張のとおり願せん等及び「郵送宅下要求書」を提出したことは認めるが、その余は否認する。女区長は、書籍等が公判資料となる具体的理由を疎明するよう求め、「郵送宅下要求書」では疎明にならないとして、宅下げを許可しない旨言明した。

三  同3のうち、原告が被告ら主張のとおり願せん等を提出したことは認めるが、その余は否認する。女区長は、新聞切抜綴が公判資料となる具体的理由の疎明を求め、その疎明がないので宅下げを許可しない旨言明した。

四  同4のうち、札幌拘置支所に在監中の大森から昭和五五年一月一九日原告あてに被告ら主張の漫画本三冊が郵送差し入れされてきたこと、原告が同年二月一三日被告ら主張の願せんを提出したことは認めるが、その余は否認する。女区長は、舎下げの必要性の疎明を求め、その疎明がないとして舎下げ不許可を告知した。

五  同5のうち、曹から同年四月一九日原告あてに曹の名刺一枚が郵送差し入れられてきたこと、被告所長がこれを原告に一見させて領置したことは認めるが、その余は否認する。

六  被告所長は、従来から「公判資料」、「学習資料」と表示すれば書籍等の宅下げを許可していたにもかかわらず、昭和五四年七月ころから原告に対し具体的理由の疎明を要求するようになつたもので、その取扱いは恣意的で不公平である。

第七証拠関係 <略>

理由

一  請求の趣旨1及び2の訴えの適否

1  請求の趣旨1の訴えについて

原告が刑事被告人であり、現在東京拘置所に勾留されていること、原告が昭和五五年一月四日被告所長に対し、府中刑務所に在監中の曹あてに書籍「南朝鮮の反日論」を郵送宅下げしたいとして、「南朝鮮の反日論、曹正一氏へ公判資料につき宅下げる。」と記載した「郵送宅下要求」と題する願せんを提出したところ、被告所長が女区長を通じ原告に対し右書籍が公判資料となる具体的理由を疎明するよう求めたこと、原告が同日被告所長に対し、「曹正一氏への『南朝鮮の反日論』の郵送妨害に抗議する。右書籍は反日闘争の正義性を示す公判資料である。直ちに妨害をやめよ。」と記載した「抗議要求書」を提出したこと、これに対して、被告所長が翌五日女区長を通じ原告に対し、再度右疎明を求め、原告の申請に応じなかつたことは、当事者間に争いがない。

被告所長は、原告の右郵送宅下げの申請について未だ許否の決定を保留しているとして、請求の趣旨1の訴えは具体的事件性を欠き不適法であると主張する。しかし、原告が被告の指導に応じ疎明を準備するのでそれにより許否を決定されたい旨の意思表示をしているのであればともかく、原告は「抗議要求書」によりそれ以上の疎明をしない旨の意思表示をなしているのであるから、被告所長が女区長を通じ再度疎明を求めた行為は、原告提出の「郵送宅下要求」及び「抗議要求書」のみでは宅下げを許可しない旨の確定的意思表示を含むものというべきであり、その限度での処分性を肯定することができ、その取消しを求める原告の訴えは適法ということができる。

2  請求の趣旨2の訴えについて

原告の請求の趣旨2の訴えは、およそ在監者間における郵送宅下げ、差入れ及び差入物の舎下げについて、被告所長がこれを禁止してはならない義務を負つていることの確認を求めているものと解される。しかしながら、かかる一般的抽象的な義務の確認を求める訴えは、具体的争訟事件の解決を目的とする現行訴訟制度の下においては許されないところであるから不適法であり、却下を免れない。

二  請求の趣旨1及び3の請求の当否

1  次の事実は、当事者間に争いがない。

(一)  刑事被告人として東京拘置所に在監中の原告は、昭和五五年一月四日被告所長に対し、府中刑務所に在監中の曹あてに書籍「南朝鮮の反日論」を公判資料として郵送宅下げする旨の申請をし、被告らの主張二1記載の願せん等を提出したが、被告所長は、原告に対し、右書籍が公判資料となる具体的理由を疎明するよう求め、原告が被告らの主張二1記載の「抗議要求書」を提出したのみであつたので、右宅下げに応じなかつた。

(二)  原告は、昭和五四年一〇月二九日、被告所長に対し、東京拘置所に在監中の大場あてに請求原因三記載の書籍及びパンフレツトを公判資料として宅下げする旨の申請をし、被告らの主張二2記載の願せん等を提出したが、被告所長は、原告に対し、右書籍等が公判資料となる具体的理由を疎明するよう求め、原告が翌三〇日被告らの主張二2記載の「郵送宅下要求書」を提出したのみであつたので、右宅下げに応じなかつた。

(三)  原告は、同年一一月一〇日被告所長に対し、東京拘置所に在監中の田島あてに新聞の切抜綴を公判資料として宅下げする旨の申請をし、被告らの主張二3記載の願せん等を提出したが、被告所長は、原告に対し、右新聞切抜綴が公判資料となる具体的理由を疎明するよう求め、原告が特に疎明をしなかつたので、右宅下げに応じなかつた。

(四)  札幌拘置支所に在監中の大森から昭和五五年一月一九日原告あてに請求原因五記載の漫画本三冊が郵送差し入れされてきたので、原告は、同年二月一三日被告所長に対し、右漫画本三冊を舎下げする旨の申請をし、被告らの主張二4記載の願せんを提出したが、被告所長は、原告に対し、舎下げの必要性の疎明を求め、原告が特に疎明をしなかつたので、右舎下げに応じなかつた。

(五)  曹から同年四月一九日原告あてに曹の名刺一枚が郵送差し入れされてきたので、被告所長は、これを原告に一見させて領置し、房内所持をさせなかつた。

2  原告は、1の被告所長の処置が違法であると主張するものであるが、<証拠略>によれば、被告所長が1の処置をとつた背景として次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一)  被告所長は、在監者に対する拘禁の目的を達成し、監獄内における秩序を維持するため、従来から在監者間における物の授受(領置物の他の在監者に対する宅下げ及び他の在監者からの差入物の舎下げ)については、在監者が同一施設内に収容されているか否かにかかわりなく、訴訟上又は学習上等特にその必要性が認められる場合を除き、原則としてこれを許可せず、当該在監者からその必要性について口頭又は書面により疎明がされた場合に限つて許可する取扱いをしていた。ところが、「公判資料」又は「学習資料」とのみ記載して、明らかにその必要性を認め難い物の授受まで要求する例が増えてきたため、遅くとも昭和五四年ころからは、当該対象物の性格に応じ、右必要性の具体的疎明を求めるようになつた。

(二)  被告所長は、原告から前記宅下げ、差入物の舎下げの申請があつたので、従来の取扱基準及び原告の後記活動状況等を考慮した上、各申請のあつた都度、原告に対し、必要性について具体的に疎明するよう告知した。しかし、原告は、1で述べた以上の疎明をしなかつたので、被告所長は、各申請に応じなかつた。なお、被告所長は、差入物についてはまずこれを領置し、舎下げの申請のあつたものについてその許可を決定する取扱いをしているところ、原告は、曹から郵送差し入れされてきた名刺一枚については、被告所長に対し舎下げの申請をしておらず、被告所長は、これを原告に一見させた上、その舎下げについては原告の申請を待つことにした。

(三)  東京拘置所においては、昭和四九年ころから、監獄規則の撤廃要求等の対監獄闘争を通じて監獄の解体を実現することを目的に掲げた「獄中者組合」なる団体に所属する在監者らが、獄外事務局と連絡を取りながら、相互に物を授受して連帯し、同拘置所及び他の施設の在監者に対し手紙や書籍類を送付して同組合への参加を働きかけ、あるいは点検拒否、ハンガーストライキ、シユプレヒコール等の規律違反行為を繰り返し、所内の秩序維持に多大の支障を生じさせていた。原告も、獄中者組合のメンバーで、在監者に対し手紙の授受等を通じて積極的なオルグ活動を行つていた。

3  そこで、1の被告所長の各処置の適否について検討するに、1の(一)ないし(三)の各処置は領置物の宅下げに関する制限、(四)及び(五)は差入物の房内所持に関する制限であるところ、監獄法五一条ないし五五条は領置物の宅下げ及び差入物の房内所持の許否を監獄の長の裁量にゆだねていると解されるから、右各処置は被告所長に与えられた裁量権の範囲内のものである。

原告は、未決拘禁者の身体以外の自由の制限につき監獄の長に対し裁量権を付与する監獄法自体が憲法違反であると主張するが、未決勾留は、刑訴法に基づき、罪証隠滅及び逃亡の防止を目的として被疑者又は被告人の居住を監獄内に限定するものであるところ、監獄内においては、多数の被拘禁者を収容し、これを集団として管理するに当たり、その秩序を維持し、正常な状態を保持するよう配慮する必要があり、このためには、被拘禁者の身体の自由を拘束するだけでなく、右の目的に照らし、必要な限度において、被拘禁者のその他の自由に対し、合理的制限を加えることもやむを得ないところといわなければならない。そして、いかなる制限を課するのが必要かつ合理的であるかは、当該監獄の具体的状況と制限される基本的人権の内容に応じ個別的に決すべき問題であるから、第一次的には、現に当該監獄を管理運営する監獄の長がその専門的知識と経験に基づき個別的に判断するのが相当といえる。したがつて、監獄法が未決拘禁者の身体以外の自由を制限し、右自由の制限につき監獄の長に裁量権を付与しているとしても、それだけで監獄法が直ちに違憲無効とはいえず、少なくとも本件で問題となる五一条ないし五五条の規定をもつて違憲無効と解することは到底できない。

更に、原告は、被告所長が本件において具体的に採用した前記各処置が憲法に違反し、監獄法の規定の適用を誤つたものであると主張するが、被告所長の右各処置は、原告と他の在監者との間の物の授受に関してとられたものであるところ、在監者間における物の授受は、在監者間におのずと支配、被支配の関係を生じさせ、監獄内での管理運営及び秩序維持に支障を来すというおそれを常に包含している(異なつた監獄の在監者間においても、将来同一監獄に収容されることがあり得るから、同様のことがいえる。)。また、右処置のうち1の(四)及び(五)の処置は物の房内所持に関するものであるところ、物の房内所持を自由化すれば、監獄内における処遇の平等、保安、規律、衛生等の面から監獄の管理運営及び秩序維持に支障を来すことが明らかである。特に、原告の場合は、規律違反行為を含む対監獄闘争のため他の在監者に対し積極的なオルグ活動を行つていたのであるから、被告所長が、1の(一)ないし(四)のように他の在監者に対する領置物の宅下げ、他の在監者からの差入物の房内所持につき、原告に対し、それが訴訟上、学習上等で必要であることの疎明を求め、1の(一)ないし(四)の状況の下で疎明がないとして原告の申請に応じず、また、1の(五)のように、他の在監者からの差入物を原告に一見させて領置し、房内所持については原告の申請を待つことにしたことは、東京拘置所の秩序維持及び正常な管理運営の保持のための必要かつ合理的な制限と解され、原告指摘の憲法の規定に違反するものではなく、監獄法の規定の適用を誤つたものでもないというべきである。

また、被告所長の右各処置は、2記載のとおり、東京拘置所の秩序維持及び正常な管理運営の保持を目的としてとられたものであつて、それが恣意的又は不公平で裁量権を濫用したものであると認めることもできない。

4  以上のとおり被告所長の1の(一)ないし(五)の各処置はいずれも適法であるから、(一)の処置の取消しを求め、(一)ないし(五)の各処置の違法を理由に損害賠償を求める原告の請求は、爾余の点について判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却すべきである。

三  結び

よつて、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 泉徳治 大藤敏 立石健二)

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